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2014年3月 4日 (火)

【京都/十帖】京都で『十帖源氏』を読む「須磨 その11」

日が空いてしまいましたが、京都で『十帖源氏』を呼んだ会についての報告を、こちらのブログでも致します。
今回で『十帖源氏』の「須磨」が最後となったので、次の巻である「明石」にも入りました!


■「須磨」
(1)「龍王のみいれたる」
担当者→「龍王が魅入ったのであった」と訳。

「魅入る」を外国語に訳すのは難しいかもしれない。
結局、「龍王が、光源氏自身を気に入ったのだな、と思います。」とする。

(2)「すまゐたへがたく」。
「須磨」と「居堪へ難く」とに切ってはどうか、という提案が面白かった。
そして、これで「須磨に住んでいることが堪え難くなった」という意味にとる。
ただし……どうも馴染めない、こじつけのような語句の区切り方になるので、これは不採用。

ここは「この場所に住むことが堪え難く」とすることに。

(3)「須磨」の最後に付された絵
この絵は、前回の代表者のブログでの報告「京都で『十帖源氏』を読む「須磨_その10」」(2014年1月21日)で引用したもの。
ここで、光源氏や共人が腕を上げて袖で頭を覆うような仕草をしている雷雨を避けながら走っている様子は、日本人がかつては手を上に上げて走っていたことを証明する絵にならないか?といった疑問。

狂言をなさっている方から、狂言では両手を挙げて走るという例を見せてくださいました。
確かにオーバーに演じて見せるためだとは言っても、やはり目の前で実演していただいた、この狂言のポーズは、かつての日本人が両手を挙げて走っていた例としていいようです。


■「明石」
(4)「かしらさし出べくもあらず。」
担当者→「頭を覗かせることもできません。」
頭を差し出す、ということが、中国とスペインの留学生から疑問が出された。
結果、「嵐が激しくて、外へ出ることもできません。」と、わかりやすい現代語訳になった。


写本を読む会に引き続き「京都で『十帖源氏』を読む」もまとめました。


次回は4月12日(土)午後3時から。
場所はいつも通りワックジャパンとなります。

写本を読む会、『十帖源氏』ともに、さまざまな意見を交わしながらわかりやすい現代語訳を作ることができました。
研究者ではなくとも興味がおありの方や海外からの参加者が疑問点をあげられると問題点が浮かび上がって良い刺激になりますね。

今後とも、こうした現代語訳作りに興味のある留学生の方々の参加をお待ちしております!
その際は代表者ブログ「鷺水亭より」か、このブログか、HP記載のメールアドレスにご連絡ください。


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